新居を見上げる妻
「あなたは魔法使いね」

大工 小林次郎
 いとしの妻を亡くして3年が過ぎました。早く忘れて元気を出せと励ましてくれる人もたくさんいるのですが、そういわれるたび「追悼文集」や「青春の文」、その他俳句集にと、万全にねぎらったつもりの妻が、新たに思い起こされてしまうのです。
 昭和39年、当時の親方の協力があってのことでしたが、結婚してまもなく、労働金庫から建築資金を借りて「わが家」を立てることになったのです。まだ、手間取りの大工でした。15・5坪の借地に18坪の二人だけのわが家です。
 妻は、結婚してから私が“大工”であることがやっとわかりかけてきてはいましたが、大工職人ということに私自身がまだ卑下しており、恋する妻の前では劣等感のままでした。
 そんな私が自分たちの家を設計し、材木店で刻み仕事をし、基礎工事の段取りをしながらとび職の手配です。やがて建前、ささやかながら両家族も集まってお祝いをしたあと、現場の大工仕事は私一人。勤めている妻が休日に手伝いに来るたび部屋の形が出来、台所・浴室・トイレ・玄関と形が出来、これもささやかな床の間の格好がつき、そして階段ができるのです。
 いろんなカタログから注文と手配、合間には組合事務所の「労金」に足を運び、左官、板金・建具・水道・電気・タイル、タタミなど、間違いなく一軒のわが家が完成に近づいてきました。そんな秋晴れのある日、妻は天を見上げて「大工だかなんだか知れないけれど、あなたは魔法使いね」と言ってくれました。
 労金からの借金に、大工の私の手間もきちんと入っていました。
(足立)