初恋はホロ苦く
今も心の片隅に残る

小幡昇治
 昭和20年、米軍の空襲が激しくなり、戦車をかくす壕を部下20数人と掘削する工事に行きました。
 下士官だった私は兵とは別に旧家に泊まり、工事を続けて、4、5日たった夕食後に、その家の主から娘を嫁にという話を持ちかけられました。
 思いもよらない話に驚いたのですが、7、8歳は老けて見える私を20歳とは思わなかったのでしょう。その娘さんは小柄で静かな落ち着いた女性で、私より4、5歳は年上だったと思いますが、不足はありません。工事交替で本隊へ戻ってからも、日曜日に面会に来てくれるのが楽しみでした。何分にも男ばかりの軍隊で、お土産のご馳走に、皆喜んでくれましたが、二人だけの語らいの無い逢う瀬でした。
 何回かそのような面会が続きましたが、部隊は爆撃で兵舎が壊滅状態となり、1ヶ月後には敗戦、部隊に米軍が進駐してきて、私たちの自由はなくなりました。
 11月まで残務整理をして復員したのですが、東京の生家は焼けてなく、家族が疎開した福島に1ヶ月ほど住み、その後上京して、事業を軌道に乗せること、家を建てることにひたすら努力する毎日。
 そんなある日、彼女の妹から返事が届きました。「姉は結婚して今は家におりません」と。
 年上の彼女の婚期もあったことなどを思いながら、私の方がもっと強く意思表示をしておけばと後悔しました。男の見栄と甲斐性とで逡巡して、彼女を不安にさせたのでしょう。責めは私にありまして、初恋は泡沫の如く消えてしまいましたが、私の心の片隅に今も残っています。
 約60年経ちましたから、最早時効と考え、思いつくままに書いてみましたが、ホロ苦さが残るばかりです。

(墨田)