投資家保護を口実に
エクアドルで二重の権利侵害
アマゾン川上流に位置し、自然豊かな南米の国エクアドル。そこでこんな事件が起きていた。
米国の大手石油企業シェブロン(以前はテキサコ)が、石油採掘事業を通じて環境を破壊し、住民の健康をむしばんだ。3万人が住む地域が石油で汚染されたという。住民たちは20年にわたる闘いを経て2011年、同国の裁判で勝利した。原状回復と治療のための賠償金95億ドル(約9800億円)の支払いを命じる内容だった。
ところがその後、3人の国際弁護士による「仲裁廷」がこの判決の執行停止を命じる事態に。しかも、それをエクアドル政府に対して命じるという、三権分立の社会では前代未聞の判断が示されたのだ。
これは、TPP(環太平洋経済連携協定)などの自由貿易協定に規定されているISDS条項(国家と投資家の間の紛争解決システム)が投資先の国に何をもたらすのか、その一端を示す事例である。
国際法に詳しい三雲崇正弁護士は「被害を受けた弱者の救済を否定した上、三権分立の仕組みまで拒否している。仲裁廷の裁定は二重の意味でエクアドルの主権を侵害するものだ」と指摘する。
投資に関わる国際紛争の仲裁廷では、こうしたことがひんぱんに起きる。多国籍企業に代表される「投資家」を保護するという口実で、国民と主権国家への権利侵害がまかり通る恐れがあるのだ。安倍政権が批准を急ぐTPPにもISDS条項は含まれている。日本がエクアドルのようにならない保証はあるのかどうか。慎重に検討してみる必要がある。
新たな儲けの手口に
大企業と一部の国際弁護士
ISDS条項(投資家と国家の間の紛争解決システム)が貿易協定に盛り込まれるようになったのは1960年代から。最初は、裁判制度が整っていない国に投資する場合、財産の没収やいい加減な裁判で被害を受けるのを防ぐため、国際機関のもとに「仲裁廷」を設けて判断を委ねる必要があったのだという。しかし、この20年弱で仲裁廷の目的は大きく変質した。
ISDS条項で企業などが投資先の国を訴えた件数は累計で約700。ほとんどが2000年代に入ってからのものだ(グラフ)。
これまでの勝敗では、勝者は約100億ドルをゲット。一方、敗者の「投資先国」は同額を失ったことになる(TPPテキスト分析チーム発行のブックレット「続・そうだったのか!TPP24のギモン」)。勝者の内訳は超巨大企業が63億ドルでトップ。弁護士ら法律ビジネスの17億ドルがそれに続く。ISDS条項は「投資家の期待に反した」などの理由で相手国を訴えることができ、使いようによってはもうかることが知られてきたため。大きなビジネスチャンスなのだ。
三雲崇正弁護士によると仲裁廷に関わっている弁護士は世界で15人程度。日本の原発ムラのような「仲裁ムラ」があるのだという。
甘すぎる日本政府
脱原発政策もやり玉に
「ISDS条項は危ない」という懸念に対し、日本政府は「乱訴防止の措置を講じたから大丈夫」と説明している。政府の言い分は信用できるのだろうか。
ISDS条項では、「投資家の正当な期待を保護しなかった」ことを理由に、投資家が相手国を仲裁廷に訴えることができる。確かに協定文には、「それ(期待を保護しないこと)だけでは本条違反を構成しない」との規定が置かれ、歯止めがかかっているように見える。
しかし、国際法に詳しい三雲崇正弁護士は「『それだけでは違反にならない』といっても、では何が加われば違反になるのかが明らかにされていない。ささいな違反を加味してISDS条項を発動することは可能だ」と反論する。歯止めとはいえないという見解だ。
そもそも、ISDS条項は司法制度が整備されていない国で投資活動を保護するのが目的だったはず。今日では、米国と欧州連合(EU)、欧州連合とカナダの間で交渉されている自由貿易協定にもISDS条項が含まれている。いずれも司法制度が完備されている国ばかりである。現に、スウェーデンの原発メーカー、バッテン・フォール社が脱原発にかじを切ったドイツをISDS条項違反で訴えるケースが起きている。先進国も対象になるということだ。
日本政府の「大丈夫論」は本当に大丈夫か。訴訟大国の米国企業と国際弁護士を甘く見ない方がいいのではないか。